Community medicine in Thasongyang, Thailand

タイ地域医療保健研修

タイ地域医療保健研修

タイの地域は、プライマリケア、2次医療、熱帯医学を学ぶ上で魅力的な場所です。病院での研修、訪問診療、フィールドワークに参加することで、現地の問題を肌で感じることができます。海外の地域医療に必要な知識、経験、スキルを実地で学ぶことができる研修です。

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【2018年度 研修報告】2018.12.2 - 12.16

新谷泰久(内科)/大田倫美(小児科)

【2018/12/03】ターソンヤン病院病棟見学
マラリアセンター&Health Promoting Hospital訪問

午前は、Thasongyang Hospitalの小児科と内科の病棟を見学しました。小児科病棟では、一人の小児科医が病棟の全患者(新生児から一般小児まで)を担当しており、見学中は目にしませんでしたが、さらに外来やERから呼び出しがあればそれにも応じなければならないとのことでした。疾患としては、やはり呼吸器感染症が最も多かったですが、日常的にサラセミアがいたり、自宅分娩児に臍炎Omphalitisが多かったり(臍帯を竹で処置したり、臍に灰や葉などを詰める風習があったりするため)、現地の疫学を感じる場面もありました。また、途上国ではよく目にする光景ですが、廊下にベッドがはみ出ており、病室の回診が終わってホッとしていると、おもむろに廊下に出て回診が再開しました。また、カレン族の患者家族が多いため、回診はカレン語通訳のスタッフと常に一緒に行われていました。Thasongyang Hospitalの地域性を感じる一面です。
午後は、マラリアセンターを訪問しました。マラリア患者が確認されると、その周辺地域一体で血液検体を採取し、網羅的にscreeningをかけて潜伏期(asymptomatic)の患者を拾い上げることで早期介入し、マラリアコントロールに成功したお話を伺いました。医療と公衆衛生との見事な連携に、感銘を受けました。最後に、 Ban Mae Ok Pha Ru District のHealth Promoting Hospitalを訪問しました。Doctorは常勤しておらず、少数のNurseが切り盛りしていましたが、清潔感のある病院でカレン族のスタッフもいて、地域に根差したきめ細かいサービスが実践されていました。また、日本のケアマネージャーに類する制度が最近始まり、2週間のトレーニングが組まれているという話を聞き、興味深かったです。
初日は盛り沢山の内容で、行く先々では人々のhospitalityに触れ、大変充実した一日でした。

ターソンヤン
ターソンヤン
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【2018/12/04】ターソンヤン病院病棟見学(小児科・内科・ER)
タイの医療・保険制度とマラリアの講義

2日目は、病棟見学と森先生による講義(タイの医療・保険制度についてとマラリアについて)がありました。
小児科病棟にはBaby Roomがあり、在胎31~35週のbabyが6名入院していました。sepsisからの回復期で経管栄養中の症例が多かったのですが、中には、まだ経口栄養が十分安定しないうちに、家族の強い希望で退院していくケースもありました。午後からは、high risk babyのfollow-up健診を見学しました。生後の聴力検査で不合格だったために再検査のため受診していたり、サラセミアなど貧血があり定期的な血液検査のために受診していたりと様々な理由でfollow-upされていましたが、院内唯一の小児科医が、病棟回診後、昼食もとらずに全員を診ている状況で、本当に頭が下がりました。
森先生の講義では、昨年のマヒドン大学熱帯医学短期研修の復習となる内容が多かったですが、特にカレン族の人々に対する保険サービスについては、stateless peopleとしての認可の有無によっても異なり、複雑な問題を抱えていることを学びました。マラリアについては、復習および有効なマラリア対策についてdiscussionを行いました。

ターソンヤン
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【2018/12/05】前国王追悼式、学校検診便検査、タイミャンマー国境の難民の歴史

ターソンヤン午前中、Thasongyang Hospital近くの学校で開催された、前国王の生誕日を祝う式典に参加しました。その後、近くの旧病院に案内して頂いた際、便検体を顕微鏡で観察する機会がありました。近々王族の視察があるため、それに備えて周辺の地域住民の寄生虫検査を行っており、その一環で便検体をスクリーニングしているところだったのです。
はからずも、昨年マヒドン大学熱帯医学短期研修を受講した私たちに、実際の便検体で復習する機会が訪れたわけですが、2人で10検体ほど見たうち半分くらいの検体で回虫が見つかりました。
午後は、森先生にタイ・ミャンマー国境沿いの問題について詳しく講義をして頂きました。非常に複雑で深刻な問題があることを知りましたが、知った上でどうしたらよいのかということを思案しても、考えはいっこうにまとまらず、もやもやした感情を抱え続けることになりました。しかし、こうして実際に現地を訪れ、様々なbackgroundを持つ人々と直接交流をした上で、歴史的背景を知り現在の社会状況を考察することは、座学では得られない大変貴重なことだと思います。


【2018/12/06-07】Mobile Clinic

今回の研修のハイライトの一つである、Mobile Clinicに参加しました。Thasongyang Hospitalから車で3-4時間、難攻不落の山道でしたが、ベテランdriverさんの運転でなんのその、無事たどり着きました。到着した村はIWICHO village(in Maewalaung)で、74世帯に78人の子供がおり、車から降りると、元気な子供たちと雄大な自然に一気に心を奪われました。まずは食事をとって英気を養ってから、早速地元の小学校にclinicを設営しました。スタッフの方々のテキパキした動きで、vital測定・問診・診察・処方といった動線があっという間に敷かれ、しばらくするとおもむろに患者さんが集まってきました。小児も多く受診しましたが、日本と同様、上気道炎が多かったです。とにかく女性の妊娠率が高く、妊婦さんが多かったのも印象的でした。中には10代の母もいて、早産で生まれた第一子の体重が成長曲線から逸脱していると相談を受けました。
primary health care postのvolunteerがしばらく体重をフォローし、数か月たっても改善傾向がなければThasongyang Hospitalのhigh risk babyの健診に紹介するのが良いのではないかと助言しましたが、あの難攻不落の山道を移動する労力が頭をよぎり、簡単には助言できない自分がいました。さて、一般の診察以外にも、マッサージ部門やマラリアのスクリーニング部門もあり(幸いマラリア陽性者はいませんでした)、さらに子供たちを集めて集団歯科検診と、シラミのチェックが行われていました。シラミがいれば男の子は頭を刈られ、女の子はスミスリンシャンプーで洗髪されました。また、医療サービス以外にも、Donationで集まった衣類の提供も行われました。
1日目の診察終了後、primary health care postのvolunteerの案内で往診を行い、乳がん患者の緩和ケアが行われている場面にも立ち会いました。2日目のお昼頃、IWICHO villageに別れを告げ、帰路につきました。これだけの労力をかけて、遠く離れた小さな村々でmobile clinic を定期的に継続しているThasongyang Hospitalのスタッフの方々に、心から敬意を表します。

ターソンヤン
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【2018/12/08】カレン自治政府の管轄区域視察、マラリアポスト&ヘルスセンター見学

Thasongyang Hospitalの院長及びスタッフとともに、ミャンマーのカレン自治政府の管轄区域へ視察に行きました。Thasongyang Hospital から少し歩いたところにあるMoei riverを渡れば、そこはもう異国の地・ミャンマー。政治的にはミャンマーの統治下ということになっていますが、実際にはThasongyang Hospitalがワクチン接種を支援するなど医療的に補完している実態があります。実際、カレン族の人々はMoei riverを渡って簡単にタイ国内へ移動できるため、Thasongyang Hospitalの外来および入院患者の約30%は、こうしたNon-Thai peopleが占めています。
今回は、Malaria postやHealth Center、ミャンマー政府管轄のクリニックや病院を見て回りました。政治的に不安定であることが、この地域の発展にとって大きな足枷となっており、インフラ整備の遅れやそれに伴うアクセスの悪さから、医療サービスの改善がなかなか進んでいません。私達が訪れたThak Kar Hta Clinicは、複数の海外の支援団体からサポートを受けていましたが、そこでは以前Mae La 難民キャンプで生活していたというカレン族の男性が、医療ボランティアとして1日平均10人の患者を診ていました。彼はキャンプ内で英語教育を受けており、私達と英語でのコミュニケーションが可能で、さらにMae Tao Clinicで10か月間医療研修を積んで、タイのPrimary health care postのvolunteerに準じた知識とスキルを一通り身につけていました。しかし、患者の紹介先はThasongyang Hospital やMae Tao Clinic、Mae La難民キャンプ内のクリニックだと話しており、ミャンマー独自の医療機関とは連携していませんでした。
このように、カレン自治政府の管轄区域内の医療は、タイ国内の病院や海外の支援団体に依存しています。こうした現状を踏まえると、Thasongyang Hospitalとしては、将来的に自らの病院の患者として押し寄せてくる可能性のあるカレン自治政府内の人々に手を差し伸べることは、最終的に自らの病院の負担を軽減することにつながるという認識があるのでしょう。圧倒的なインフラの格差や、教育水準・言語の問題等が歴然と立ちはだかる中、ミャンマー政府はこの課題にどう取り組むのか…その道筋は非常に険しいと感じました。

タイ地域医療保健研修
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【2018/12/11】Mobil Clinic
Maeramoeng Health Promoting Hospital(アヘン依存症治療)

この日も、朝からMobil Clinicに同行しました。Thasongyang Hospitalから車で2時間ほどいったMaeramoeng Health Promoting Hospital でOpioid-addicted Patientの治療を行うのが目的です。4-5年前から始まった活動で、治療に用いる薬の名称からMethadone clinicと呼んでいました。Methadoneとは、オピオイド系の鎮痛薬ですが、近年Methadone maintenance treatment(MMT)という治療法が提唱されており、まずはopioidをやめてMethadoneへ変更し、最終的にMethadoneもやめることを目標としています(Methadone maintenance treatment (MMT) is a comprehensive treatment program that involves the long-term prescribing of methadone as an alternative to the opioid on which the client was dependent.)。Thasongyang Hospitalには精神科医が不在のため、精神科の専門Nurseを養成して、Psychiatric PatientとOpioid-addicted Patientを同じ部門で担当していますが、Methadone clinicでも両方の患者を診ていました。Opioid-addicted Patientの場合、MMTとしてMethadone(写真の緑色の液体)を処方・漸減していきます。診察前に尿を採取し、迅速キット(写真)でopioidをチェックしますが、陽性だった場合は誘惑に負けて再びopioidに手を出してしまったことを意味するため、再度指導を行います。陽性が3回続くと6か月間は診察を受ける権利を失うそうです。この日、受診者は計16名でopioid陽性者は1人でした。昼過ぎに診療は終了しましたが、精神科の専門Nurseが丁寧に患者と話をし、指導している姿が印象的でした。夕方前には寮に戻り、急遽翌日に変更になった日本側からのプレゼンの準備を行いました。

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【2018/12/12】ターソンヤン病院小児科病棟・ER見学、デング熱・Public health講義

タイ地域医療保健研修午前中は病棟見学やプレゼンの準備を行いました。
午後は、まずThasongyang Hospital側から、NurseによるPublic Health system and activity in Thasongyangの発表と、DoctorによるDengueの講義を受けた後、日本側の参加者からも30分ずつプレゼンを行いました。
初めに新谷先生が、Community Comprehensive Care - Japanese old societyと題して勤務先の病院紹介や地域包括ケアシステムについての発表を行いました。
次に私が、Current status and problems of Maternal and Child Health in Japanと題して日本の母子保健制度や課題についてプレゼンしました。いずれも活発な質疑応答が展開し、互いに有意義な時間となりました。熱心に興味をもって聞いてくれたことが非常に嬉しかったです。


【2018/12/13】研修振り返りとチェラロンコン大学医学生への講義見学

タイ地域医療保健研修午前中は、森先生の指導のもと、今回の研修のまとめを行いました。具体的には日本側がタイ側から学ぶこと、逆にタイ側が日本側から学べることをdiscussionしました。また今回の研修を次回に生かすための意見も出し合いました。私自身、多くのことを感じ、そして学びました。しかし、感じたことをうまく言語化できなかったり、言語化できても有機的に結びつけられなかったりと、釈然としない部分が多く、悔しい気持ちになりました。これだけ素晴らしい経験ができたのに…と情けない気持ちにもなりましたが、この気持ちこそが大切なのかもしれません。すぐに答えが出るような簡単なテーマではない、だからこそ考え続けなさい…というのが、Take Home Messageなのかなと、今は思っています。午後は、地域医療について学びにきていたバンコクの医学部の学生に、森先生が講義を行いました。内容は日本の高齢社会についてでしたが、学生の心をつかむ森先生の講義に、さすがだなと思いながら、思わず自分も引き込まれてしまいました。学生はまだ3年生ですが、医学部の教育カリキュラムに早期から地域医療を組み込んでいるのは、卒後すぐに即戦力として地域病院に配属するからなのでしょう。日本の医学部教育との違いを垣間見ました。


【2018/12/4】ターソンヤン病院 病院長との研修の振り返り

午前中は、個人的に研修を振り返る作業や、互いに写真の整理などをして過ごしました。午後には、Dr.Tawatchai Yingtaweesakを交えて、今回の研修を振り返る時間がありました。昨日3人で話し合った内容を踏まえ、新谷先生と私が主に発言し、森先生は当初オブザーバーとして見守りながら参加する形でしたが、皆でフランクに話し合いました。そして、最後に修了書を授与して頂き、楽しかった2週間の研修が幕を閉じました。


【2018/12/15】全体のまとめ

タイ地域医療保健研修この日は10時に迎えに来て下さった院長先生の車で、Thasongyang Hospitalをあとにしました。今回の研修は、予想をはるかに超える充実した内容でした。個人的には、普段内科の先生方と接点がないため、みっちり2週間ベテランの内科の先生お2人と一緒にいられたのは新鮮で、とても貴重な時間でした。特に、地域医療は赤ちゃんからお年寄りまで、幅広い視点で医療をとらえる必要があるため、内科の話題で思考したり議論したりしたことは、本当に勉強になりました。また、これだけ貴重な臨床現場やフィールドを体験することができたのは、ひとえに森先生と院長先生の長年の信頼関係と太い絆のお蔭です。それに乗っからせて頂く形で、決して他ではできないonly oneの経験をすることができました。お2人の先生に心から感謝致します。特に森先生には、生活面含め何から何までお世話になり、感謝してもしきれません。そして、同じ参加者という立場でありながら、常に気遣いフォローしてくださった新谷先生にも、お礼の気持ちでいっぱいです。皆さま、ありがとうございました。
最後に、Thasongyang Hospitalのスタッフの方々、そして謙虚で慎ましいhospitalityで私を温かく包んでくれたタイの人々に、心から感謝の気持ちを表したいと思います。

<楽しくて勉強になる旅でした>
・地域医療の深さと幅広さを実感しました。
・社会経済的な要因が健康を規定することを実感しました。